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東京地方裁判所 平成3年(ワ)2776号 判決

原告

甲野二郎

右法定代理人親権者父

甲野一郎

同母

甲野花子

原告

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

小野寺昭夫

右訴訟復代理人弁護士

山田正記

被告

東京都江東区

右代表者区長

室橋昭

右指定代理人

河合由紀男

外三名

被告

乙川三夫

乙川夏子

右両名訴訟代理人弁護士

米里秀也

主文

一  被告乙川三夫及び被告乙川夏子(以下「被告乙川両名」という。)は、原告甲野二郎(以下「原告二郎」という。)に対し、連帯して四五万二一〇〇円及びこれに対する平成三年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙川両名は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、連帯して二六万七三〇〇円及びこれに対する平成三年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告乙川両名に対するその余の請求及び被告東京都江東区(以下「被告江東区」という。)に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の六分の一と被告乙川両名に生じた費用の六分の一を被告乙川両名の負担とし、原告ら及び被告乙川両名に生じたその余の費用と被告江東区に生じた費用を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告らは、原告二郎に対し、連帯して、三八二万八八六六円及びこれに対する被告江東区は平成三年三月一四日から、被告乙川両名は同月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告らは、原告花子に対し、連帯して、八二万五〇〇〇円及びこれに対する被告江東区は平成三年三月一四日から、被告乙川両名は同月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、小学校の教室内で授業時間中に発生した当時小学校四年生の児童の傷害事故につき、被害児童及びその母である原告らが、右小学校の設置者である被告江東区に対して国家賠償法一条一項に基づき、加害児童の両親である被告乙川両名に対しては民法七一四条一項に基づき、損害賠償を請求している事案である。

二当事者間に争いのない事実等

1  原告二郎(昭和五四年一月二八日生まれ)及び乙川太郎(同年三月二二日生まれ、以下「太郎」という。)は、平成元年二月当時江東区立亀高小学校(以下「亀高小学校」という。)四年一組に在籍する児童であった。

原告花子は、原告二郎の母親である。

2  被告江東区は、亀高小学校の設置者であり、平成元年二月当時同校四年一組の担任をしていた野中恵美子教諭(以下「野中教諭」という。)は、被告江東区の被用者である。

3  被告乙川両名は、太郎の父母である(原告らと被告江東区の間においては〈書証番号略〉)。

4  平成元年二月三日昼の給食指導の時間中、原告二郎は、太郎から暴行を受け、左上腕骨顆上骨折の傷害を負い、同日から同月二二日まで二〇日間医療法人財団寿康会病院に入院し、同月二四日から同年五月一五日まで五一日間同病院に通院した(入通院の事実につき〈書証番号略〉以下、右傷害事故を「本件事故」という。)。

5  原告二郎の親権者甲野一郎は、本件事故に関し、日本体育・学校健康センターからの給付金として原告二郎の治療費分合計一九万七五二〇円を受領した。また、原告らは見舞金の名目で合計三五万円(当時の校長及び野中教諭から合計二三万円、被告乙川両名から一二万円)を受領した。

三原告らの主張

1(本件事故の態様)

太郎は、原告二郎が他の児童とふざけていたところに割り込んで、いきなり原告二郎の手首と着衣をつかみ、教室の後ろの木製ロッカーの方向に振り回すような感じで投げ飛ばした。原告二郎は、その際左腕を机の角か右ロッカーにぶつけ、前記傷害を負った。

2(被告らの責任)

(一)  小学校の教諭は、学校における児童の生活関係につき法定の監督義務者の代理監督者(民法七一四条二項)として、児童を保護監督する義務を負っており、その義務の内容として児童の生命身体の安全について万全を期すべき義務を負っている。

太郎は、本件事故発生以前から同級生の児童を投げ飛ばすなど粗暴な行動をとることが多かったところ、野中教諭はこれを知り、又は容易に知り得たのであるから、太郎に対し平素から他の児童を投げ飛ばすことがないよう指導、教育すべきであった。また、本件事故当時、教室内では野中教諭が各班別に給食前の衛生検査を実施していたが、A(以下「A)という。)、B(以下「B」という。)、原告二郎外数名の児童は無断で自分の席を立っていた。野中教諭としては、児童が勝手に席を立って行動していることに当然気が付くべきであり、静かに席についているよう指導すべきであった。殊に、既に暴力行為を何度もしている太郎が席を立ち、同級生に暴力を振るうことのないように監視し、もし、そのような状況が発生する可能性がある場合には、直ちに太郎に対し着席するよう指導すべきであった。しかるに、野中教諭は太郎に対する監視、指導を怠り、本件事故の発生を未然に防ぐことができなかった。

(二)  太郎は、本件事故当時満九歳の児童で、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を有しておらず責任無能力者であるから、被告乙川両名は、太郎の親権者として同人の生活全般にわたり広範かつ一般的な監督義務を負っている。太郎は前記のように粗暴な行動をとることが多かったところ、被告乙川両名は、そのことを十分に知り、又は容易に知り得たのであるから、平素からそのような行動をとらないよう指導、教育すべきであった。被告乙川両名は、右の義務を怠り、その結果本件事故の発生を防止できなかった。

3(損害)

よって、被告らは、原告ら各自に対し、連帯して不法行為に基づき次の損害を賠償する義務がある(なお、治療費については、前記二5のとおり受領済みであるので、本訴では請求していない。)。

(一)  原告二郎の損害

(1) 入院雑費 一六万六八六六円

(2) 入院付添費 九万円

(3) 通院付添費

一〇万二〇〇〇円

(4) 慰謝料 三一三万円

(5) 弁護士費用 三四万円

合計 三八二万八八六六円

(二)  原告花子の損害

(1) 休業損害 七五万円

(2) 弁護士費用 七万五〇〇〇円

合計 八二万五〇〇〇円

四被告らの主張

1(一)  太郎は本件事故前に粗暴な行動をとることが多かったとの事実はない。

(二)(被告江東区)

本件事故は野中教諭が目を離したわずかの隙に起こったものであり、しかも太郎が本件事故発生前に粗暴な行動をとることはなかったのであるから、野中教諭には本件事故発生の予見可能性はない。また、野中教諭は児童らに十分な安全指導をしていたのであるから、安全配慮義務違反の過失も認められない。

(三)(被告乙川両名)

被告乙川両名は、常日ごろから太郎の生活について指導監督を行っており、原告らの本訴請求は不法行為責任の根拠を欠くものである。

2(損害の填補)

原告らは、本件損害賠償金の一部として、見舞金の名目で合計三五万円の支払を受けており、その限度で原告らの損害は填補されている。

3(過失相殺―被告乙川両名の主張)

仮に、被告らに損害賠償責任が認められるとしても、本件事故の誘因として原告二郎と太郎との間のプロレスごっこが考えられ、また原告二郎が本件事故当日の授業中に「バカアホ返事よこせ」と書いたメモを回した旨の証拠もあることから、公平の見地から過失相殺が相当である。

五争点

1  太郎は以前から粗暴な行動の目立つ子供であったか。

2  本件事故の発生状況はどのようなものであったか。

3  被告ら各自の責任の有無

4  損害額の算定

第三争点に対する判断

一争点1(本件事故前の太郎の行動状況)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人野中恵美子、被告乙川夏子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 太郎は、本件事故直前の平成元年一月の身体測定で、身長131.1センチメートル、体重29.2キログラムであり、同級生の中でも小柄な方であった。

太郎を三・四年生の時担任した野中教諭は、当時の太郎の印象につき、大変優しい面と大変純粋な面を持った子供であったと述べている。他方で、太郎は、忘れ物が多く、授業中大きな声で授業を妨害することもあるなど少しいたずらっぽいところがあった。

(二) 太郎を五・六年生の時担任した内田隆佳教諭は、当時の太郎の印象につき、優しい子供であった、他人とのつながりを大切にする子供であったと述べている。太郎は、放課後友達を待ち、一緒に帰ることがよくあり、友達も太郎をよく待っていた。太郎は、勉強はあまりできなかったが、算数ドリル等を二〇分休みや放課後にやるなど、勉強の意欲は十分持っていた。

(三) 太郎は、三年生の終わりか四年生の初めに、その当時好きだった同級生の女の子の背中をいたずらのつもりで小突いたことがあった。野中教諭はその事実を被告乙川夏子に伝え、女の子の両親に謝ってほしい旨話をした。また、野中教諭は、太郎に対しても、謝るよう指導するとともに、若干の説論をした。

野中教諭の知る範囲では、この時を除いては、太郎が他の児童をけったり殴ったりしたことはなかった。

(四) 本件事故の一年くらい後、太郎の乗っていた自転車が、同級生のCが他の児童と二人乗りしていた自転車にぶつかり、Cの足の指を骨折するという事故が発生した。この事故の詳しい状況は明らかではないが、本件全証拠によっても、太郎が故意に自転車をCらの乗った自転車に衝突させた事実は認められない。

2(一)  右認定の事実によれば、原告ら主張の太郎が本件事故発生以前から同級生に暴力を振るうなど粗暴な行動が多かったという事実を認めることはできない。

(二)  原告花子の陳述書(〈書証番号略〉)には、太郎は幼稚園のころから乱暴な子ということで評判になっていた旨の、原告二郎の陳述書(〈書証番号略〉)には、太郎は四年生のころ、同級生の顔や背中をげんこつで殴るなどしていた旨の記載がある。

しかし、幼稚園のころ乱暴な子であったという事実があったとしても、そのことから直ちにその後も乱暴な行動を繰り返していた旨推認することはできない。さらに、太郎が同級生の顔や背中をげんこつで殴るなどの暴力を働いたとすれば、担任の野中教諭は、被害者の児童ないしその父母から話を聞いて、即座に対応しているはずであるが、野中教諭は、前記1(三)認定の女の子の件を除いて、太郎が他の児童に暴力を働いた事実はないと思う旨供述しているのであり、原告二郎の右陳述書(〈書証番号略〉)の記載は採用できない。

(三)  また、太郎は、五年生の時の平成元年四月下旬の放課後、亀高小学校の近くのスーパーマーケット「ダイエー」で、同級生六名とおもちゃを万引きし、警察に補導されたことがあった事実が認められるが(〈書証番号略〉、被告乙川夏子)、一過性の行為と認められる上、本件事故後の暴力とは異なる性質の非行の事実から、太郎の粗暴な性格を推認することはできない。

二争点2(本件事故の発生状況)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人野中恵美子)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故当日(平成元年二月三日)の四時間目の授業中、原告二郎らは、別紙図面一のとおり座席に着いていた。右授業中、原告二郎は、冗談のつもりで斜め前の席にいたBに「ぶた」「バカアホ返事よこせ」と書いたメモ(以下「本件メモ」という。)を渡し、Bがこれに対して返事を書こうとしていたところ、前の席に座っていた太郎は、本件メモを取り上げて隣の席のAと一緒にこれを見た。野中教諭は、その時は右のやり取りに気付かなかった。

(二) 野中教諭は、四時間目の授業を定時(一二時一五分)より早い一二時五分ころに終わらせ、テーブルクロスやハンカチが汚れていないか、児童がこれらを忘れていないかの検査(以下「衛生検査」という。)を始めた。

野中教諭は、別紙図面二の①の位置(①〜⑦の符号はいずれも別紙図面二の位置を示す。)で、児童に対し、今から衛生検査をするので座席を給食のときの班別に並べ、テーブルクロスやハンカチを机の上に出すように指示した。野中教諭は、それから教室全体が見渡せる②の位置に移動し、児童が全員席に着いて班ごとになっているか確認した。そして、②の位置で、今から一班から順に衛生検査を始めるので、全部の班を調べ終わるまで席を立たないように指示した。

(三) 野中教諭は、③の位置に行き一班から順番に衛生検査を行い、③から④の位置に移動して二班の衛生検査をし、更に⑤の位置で教室の黒板のある方向を向いて三班の衛生検査に入った。

(四) 野中教諭が、三班の衛生検査を開始したころ、Aは、本件メモが回ってきたことで怒ったふりをして、原告二郎に「後ろに来いよ」と言った。原告二郎とAは席を立ち、教室の後ろのロッカーの付近に行ったところ、Aは笑いながら、「なんだよう」と言って、原告二郎のシャツの前をつかんだ。原告二郎が、「おまえのことじゃないよ」と返事をすると、Aは笑いながら手を離した。

Aが原告二郎から離れた直後、太郎はいきなり原告二郎に足を掛けた。原告二郎はバランスを失って倒れ、机の角か児童用ロッカーに左腕を当て、前記第二の二4記載の傷害を負った。

(五) 野中教諭は、三班の衛生検査をしている際、教室の後ろの児童用ロッカーの辺りが騒がしいのに気付き、⑥の位置に行ったところ、一〇人くらいの児童が立っており、「乙川がやったよ」という声がした。野中教諭が下の方を見ると、原告二郎が⑦の位置に倒れていた。野中教諭は、原告二郎や太郎らが席を立ったことにその時まで全く気付いていなかった。

(六) 野中教諭は、今回のように班ごとに分けて衛生検査をする際には、大抵の場合席を立たないように指示をしていた。それにもかかわらず、衛生検査を終えた児童あるいは衛生検査の順番を待つ児童が、勝手に席を離れることがあった。

(七) 太郎がなぜ原告二郎に向かっていったかは、本件全証拠によっても明らかではない。野中教諭は、太郎が原告二郎に絡んだ理由について、原告二郎が本件メモを書いて回したこと自体が許せなかったか、あるいは本件メモが自分に向けられたものと誤解したことによると思う旨供述している。

2  右に対し、被告乙川両名は、太郎と原告二郎は本件事故当日プロレスごっこをしており、三時間目終了後の休み時間に原告二郎が太郎を投げたので、お返しに太郎が原告二郎を投げたところ本件事故が発生した旨主張し、被告乙川夏子もほぼ同旨の供述をしている。

しかし、右の供述以外にプロレスごっこの事実を窺わせる証拠はなく、原告二郎、野中教諭ともに本件事故当日プロレスごっこはなかった旨供述している。さらに、被告乙川夏子の供述は、太郎から聞いた話に基づくところ、証拠(証人野中恵美子、被告乙川夏子)によれば、野中教諭が、本件事故の直後、太郎に本件事故の状況を尋ねた際、太郎は聞くたびに少しずつ説明を変えていたこと、太郎は、被告乙川夏子に対し、本件事故が発生したのは休み時間である旨事実と異なる説明をしていたことが認められる。

右の事実からすれば、太郎と原告二郎がプロレスごっこをしていた旨太郎から聞いたとの被告乙川夏子の供述は、採用することができない。

三争点3(被告らの責任)について

1  被告江東区の責任について

(一) 証拠(証人野中恵美子)によれば、野中教諭は、太郎や原告二郎ら四年一組の児童に対し、三年生の時から、暴力的なことはしないとか、危険な遊びをしないなど注意を与えるほか、他の児童の良いところを互いにほめ合うよう指導するなど内面的な指導を行い、これらの指導は一応の効果を上げていたことが認められる。

(二)  右事実及び前示一1、同二1の事実関係の下においては、太郎は本件事故以前からしばしば粗暴な行動をとっていたものではないから、野中教諭は、特に太郎に対し、粗暴な行動に出ることのないよう注意し、監督する注意義務を負っていたとは認められない。また、本件事故は野中教諭が衛生検査をしている際に発生したものであり、野中教諭としては、児童が先生の指示に反し席を立つことまでは予見できたとしても、結果的にせよ他の児童に傷害を負わせるような暴行に発展することまでは予見不可能であったと認められる。

(三) したがって、野中教諭には本件事故の予見可能性はなく、結論として被告江東区の責任は認められない。

2  被告乙川両名の責任について

(一) 太郎は、本件事故当時満九歳の児童であり、自己の行為の責任を弁識するに足りる能力を有していなかったと認められる。

(二)  そこで、被告乙川両名の監督義務者としての責任が問題となるが、本件全証拠によっても、被告乙川両名が右監督義務を尽くしていたと認めることはできない。

なるほど、前示一1認定のとおり、太郎が本件事故前から粗暴な行動の目立つ子供であったとは認められない。しかし、そうであっても、子供同士の遊びやふざけっこの際に、突発的に相手にけがをさせることもあり得るから、監督義務者としては、たとえ遊びであっても危険な行為をしてはいけない旨言い聞かせるべきである。理由はどうであれ、太郎が原告二郎に対し、一方的に暴行を加えたことからすれば、被告乙川両名が太郎に対し、他人にけがをさせるような危険な行為をしてはいけない旨十分注意していたとは認められない。

(三) なお、証拠(被告乙川夏子)によれば、被告乙川両名は、昭和六一年九月ころから別居状態にあり、本件事故当時も別居していたことが認められるが、他方で、右当時、被告乙川三夫は同乙川夏子及び太郎の居宅から徒歩一五分くらいのところに住んでおり、太郎とは同じ少年野球チームで日曜祭日のたびに顔を合わせていたことが認められるから、他の特段の立証のない以上、親権者である被告乙川三夫は監督義務者の責任を免れないものといわざるを得ない。

結論として、被告乙川両名は、責任無能力者の監督義務者としての責任を負うべきである。

四争点4(損害額)について

1  原告二郎の損害

(一) 入院雑費  二万四〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、入院期間二〇日で右金額となる。

(二) 診断書代金 一万円

証拠(〈書証番号略〉)により、右金額を支出したことが認められる。

(三) 慰謝料  五九万七〇〇〇円

原告二郎の傷害の程度、入通院の期間その他諸般の事情を考慮すれば、入院一日当たり一万二〇〇〇円、通院一日当たり七〇〇〇円が相当と認められるから、入院期間二〇日(二四万円)、通院期間五一日(三五万七〇〇〇円)を合計すると、右金額となる。

なお、原告二郎につき現時点では後遺傷害は認められない(原告甲野花子)のであるから、後遺症慰謝料の請求は理由がない。

(四) なお、入通院の付添費については、実質的にみて原告花子の損害と重複するものであるので、次項で合わせて判断する。

2  原告花子の損害

(一) 休業損害

三一万三四〇〇円

証拠(〈書証番号略〉、原告甲野花子)によれば、原告花子は、原告二郎が入院した平成元年二月三日から退院した同月二二日までの間、原告二郎に付き添い泊まり込みで同人を看護したこと、原告花子は、「クラブかまくら」(以下「クラブ)という。)で歌手として稼働し、昭和六三年の収入が全額五七三万四六五〇円(一日当たり約一万五六七〇円、算式5,734,650÷366)であったところ、原告二郎の右入院期間中クラブの仕事を休んだことが認められる。

原告二郎の傷害の部位、程度、原告二郎の年齢その他諸般の事情によれば、母親である原告花子が、原告二郎の入院中、付き添い看護することは必要かつ相当な措置であったと認められる。

したがって、本件事故と相当因果関係がある原告花子の休業損害は、原告花子の右年収一日当たりの二〇日分相当額の三一万三四〇〇円と認めるのが相当である。

(二) 通院付添費 六万円

証拠(〈書証番号略〉、原告甲野花子)によれば、原告花子は、原告二郎の退院後約一か月の間、原告二郎の通院に付き添ったことが認められる。弁論の全趣旨によれば、通院付添費は一日当たり二〇〇〇円と認めるのが相当であるから、通院期間三〇日として右金額となる。

なお、証拠(〈書証番号略〉、原告甲野花子)によれば、原告花子は、右期間中(平成元年二月二四日ころから同年三月中旬ころまで)、クラブの仕事を休んだことが認められるが、原告二郎の通院の付添いは昼間必要なのに対し、クラブの仕事は夜間であること、その他原告二郎の傷害の程度等にかんがみれば、右の期間原告花子がクラブを休んだことは本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

3  過失相殺

前記二1認定の事実によれば、原告二郎が授業中に本件メモを回したことが本件事故の遠因となっていることが認められる。しかし、本件メモが太郎に向けられたものであるとは認められない上、本件メモの内容が同級生を侮辱するものであるとしても、太郎としては言葉で抗議すれば足り、いきなり原告二郎に暴行を振るうことが許されるものではない。太郎が原告二郎に振るった暴行の態様に照らして、原告二郎が本件メモを回したことの本件傷害の結果に対する寄与の度合いは極めて低いものである。

したがって、原告二郎が本件メモを回したことが同人の過失であるということはできない。

4  損害の填補

(一) 原告らが受領した見舞金名目の三五万円は、見舞金との名称がついてはいるものの、本件事故が発生しなければ授受されることのなかった性質の金銭であり、実質的にみれば、前示治療費以外の原告らの損害の賠償を目的としたものであると認められる。したがって、この限度で原告らの損害は填補されているというべきである。右の金額を、原告二郎及び同花子の各損害額(原告二郎六三万一〇〇〇円、原告花子三七万三四〇〇円)に応じて按分すると、原告二郎は二一万九九〇〇円、原告花子は一三万〇一〇〇円となる。

(二) そうすると、被告乙川両名が原告二郎に対して賠償すべき損害額は四一万一一〇〇円、原告花子に対して賠償すべき損害額は二四万三三〇〇円となる。

5  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起と遂行を本件原告ら代理人に委任したことは、当裁判所に顕著である。そして、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告二郎については四万一〇〇〇円、原告花子については二万四〇〇〇円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第であるから、原告二郎の本訴請求は、被告乙川両名に対し、連帯して四五万二一〇〇円及びこれに対する訴状送達の日である平成三年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、原告花子の本訴請求は、被告乙川両名に対し、連帯して二六万七三〇〇円及びこれに対する同じく平成三年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官春日通良 裁判官和久田道雄)

別紙

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